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実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな 

 このことわざは、父がいつも私に伝えてくれていた言葉です。
 
 実は、毎日配信している「いなほメール」は、この気持ちをいつまでも忘れずに、顧問先の皆様の少しでもお役にたちたいという思いで命名したものです。
 
 このことわざの意味は、「人格の高い人ほど相手に対して態度が謙虚である」とか「人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだ」ということ。
 
 とかく人間は、成功したり、知識が増えてくると、どんどんのけ反ってきて態度が大きくなってくるものです。
 
 成功者になった気になって言動も大柄になり、相手を知らず知らずに傷つけたり、相手を腹立たせたりします。

 そういう大柄な態度になってしまう人は、本当は小人物であり人格者ほどいつも謙虚でいるものだというのが、このことわざの伝えたいことであり、父が私に伝えたいことだったのです。

 一人で大きくなった人は誰もいません。

 周りに感謝し、「いなほ」の心を持って、日々精進することが大切なのです。

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苦難は幸せになる準備体操 

 「若いうちは、苦労は買ってでもしろ!」とよく言われます。

 若いころは「なぜ苦労を買ってでもしなくてはいけないんだ」と思ったものです。

 「苦難」かどうかは、その人の受け止め方、感じ方によって変わってきますが、「大変だなあ」と思ったら、「幸せになるための準備体操のためなんだ」と思うことが大切です。

 苦難があると、とかく「自分だけなんでこんなことになるんだ。」と悲観的になります。しかし、人はそれぞれ苦難があるものです。苦労をしているのは自分だけではありません。

 自分に起きた苦難を大きいものと感じるか、それほど気にしないかは心の持ち方次第です。

 「幸せになるための準備体操だ。」と思うことで、その苦難が自分を育てる結果となり、気持ちが軽くなるのではないでしょうか。

過去の事実は変えられないが過去の考え方を変えよ 

 過去起きた事実は、絶対に変えることはできません。このことは、誰もが認めることだと思います。

 では、過去起きた事実に対して、本当に何も変えることができないのでしょうか。

 過去の事実は確かに変えることはできません。
 しかし、過去に起きたことに対して、自分の考え方や感じ方を変えることはできるのです。

 その時に大切なことは、「後悔」ではなく「反省」をすることであり、「失敗をした」のではなく「良い経験をした」というように、考えることです。

 例えば、自分のミスでお客様を怒らせてしまったとします。まったく事実が同じでも、Aさんは「失敗をした」とひどく落ち込み、過去を引きずり前へ進む勇気さえなくしてしまい、Bさんは「自分が一回り大きくなるために良い経験をした」と前向きに物事を捉え、過去の反省から未来の進むべき方向性をしっかりと決め、毎日楽しく過ごします。

 つまり、起きた事実を唯一変えることができるのは、自分の考え方(感じ方)だけなのです。普段から「悪い事が起きたときに」自分なりの解釈を前向きに捉えるクセをつけるようにしましょう。

人は起きた事実ではなくどう感じるかで可否を判断している 

 例えば、すごくお腹がすいていたとしよう。友だちが美味しそうに、目の前でおにぎりを食べていました。おにぎりは3つありました。しかし、友だちは、あなたに対して自分の食べているおにぎりを半分だけくれました。皆さんは、どう反応しますか?

 反応は、大きく分けて2つになります。Aさんは「半分もくれてありがとう」、Bさんは「何で半分しかくれないんだよ」です。どちらも、半分のおにぎりという事実は一緒ですが、AさんとBさんとでは感じ方が違うのです。

 また、自転車で転んでケガをしたとします。Aさんは「この程度のケガで済んで良かった」ですが、Bさんは「何でこんな大ケガをしてしまうのかなあ」です。ケガの程度が全く同じでも、感じ方で違ってきます。

 つまり、人は起きた事実で可否を決定しているのではなく、自分がどう感じたかで可否を決定しているのです。
 自分の中で可否を決定しているということは、起きた事実に対しての考え方をプラスに考えれば、起きた事実より良い方向に思えるのではないでしょうか。

 例えば仕事で失敗しても「良い経験ができた。次の仕事の勉強になった。」と思えば良いし、携帯電話で話していて警察に捕まっても「このまま捕まっていなかったら大事故になったかも。事故を起こす前に、捕まって良かった。」と、良い方向に考えるクセをつけてみてはいかがでしょうか。

苦難は自分を大きくしてくれる 

 仕事をしていると「壁」と感じられる苦難を経験することがある。

 その壁を避けて通るか、ぶつかって突破していくかは、本人次第だ。

 壁という表現をしたが、その壁の大きさは、自分が勝手に設定するものであり、自分の感情と経験値によって大きさは決まってくる。つまり、自分の感情を上手くコントロールできていたり、似たような経験を過去にしたことがあれば、その壁は小さく見える。

 自分に経験がなければ、次に大切なのは人脈である。経験した人が近くにいれば心強い。

 そして、最終的に大切なのが、その壁を避けて通るのか、壁にぶつかっていくのかである。

 避けて通ってばかりいると、その人には経験値がなく、次の壁への対処法は身についていない。しかし、壁にぶつかって壊したとき、目の前が明るくなる。また、壁にぶつかって失敗(私は「勉強」という表現を使いたいが…)したとしても、そこから学ぶことは多い。

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